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つい、わたしたちは、自分自身、また、自分の属性について、その優秀性を主張したい、という欲望にかられることがあります。
でも、これは、大変、危険な感覚であり、自分自身の内部にとどめておく必要があり、外部に表出すると、いろいろな問題を引き起こす可能性が高いのです。

私たちは人間、です。社会性のある生き物、ですので。

麻生氏が、外国の要人に、このような説明をしているのだとすれば、これは、大変、危険な行動だと思います。

日本でのCOVID-19禍の死亡数が少ない理由は、よくわかっていませんが、わたしは、過去に感染が広がったウイルスに対する免疫による交差免疫や、雨が多く水が豊富にある社会やその生活スタイルにある、ということかな、とは思います。

でも、それを「民度だ」と、外国の人に主張することには、大きな違和感があります。
「民度」って、虚構の尺度では?

そもそも、「民度」って、何ですか?英語ではなんと表現するのかな。
そんな定義もわからない、客観的な測定方法もない「尺度(かな?)」を持ち出して説明すること、そして、他国の人々に不快な不信感しか感じさせないことを主張して、どうするつもりですか?

麻生氏が、「民度」と言って、沈黙した相手に、「失礼なことを申し上げてすみません。でも、一部の意見であって、日本政府や日本国民の総意ではありません」と、お詫びを申し上げたい、と、わたしは思っています。

もちろん、麻生氏が言いたかったのは、もしかしたら、日本政府の新型コロナウイルス対策が功を奏したのではない、ということ、かもしれません。
それにはわたしは賛成です。


NHKのニュースサイトから


麻生副総理 死亡率低さを指摘「国民の民度のレベルが違う」

麻生副総理兼財務大臣は、4日開かれた参議院の財政金融委員会で、日本での新型コロナウイルス感染症による死者数はほかの先進国と比べて少ないと指摘したうえで、その理由について「国民の民度のレベルが違う」と述べました。

このなかで自民党の中西健治氏が外出禁止など海外のような対策を取らなかった日本の新型コロナウイルス対策の評価を尋ねたのに対し、麻生副総理兼財務大臣は、「死亡率を調べてみると、人口100万人当たり、フランスが228人、アメリカが824人、イギリスが309人、日本は7人だった」と述べ、日本の死亡率は低いと指摘しました。
そのうえで麻生大臣は「おまえらだけ薬を持っているのかと海外からかかってきた電話でよく言われたが、『お宅とうちの国は国民の民度のレベルが違うんだ』と言うと、みんな絶句して黙る」と述べました。
そして「国民が政府の要請に対して極めて協調してもらったということだと思う。海外から見れば、緩いお願いレベルでもこれだけ効果が上がったということは、誇りに思わなければいけない大事なところだ」と述べました。