images「令和」と言う新元号を聞いた時に、違和感を感じました。

「令」という漢字が持つ意味を考えたから。「和」はともかく。

はい、漢字。

「令」には、君臨する上から、ひざまづく下々へのお達し、という意味があるのではありませんか。

上から目線。

そして、万葉集に収められた漢詩。

そこに書かれているのは、美しい月、気持ちのいい風、さあ、詩を詠みましょう、と言うことらしい。

文化を尊ぶ、と言うことで、いいかしら。
一万円札の肖像が福沢諭吉の国ですからね。政治家ではなく。

初の国書由来、万葉集が出典とのことですが、そもそもは、と言うことも。その頃の我が国の文化人が、皆、中国からの書物で学んでいたことを忘れてはいけません。

選考の過程が秘密なのは、私たちの方が元祖、君たちの文化の底は浅い、と、中国の識者たちに指摘されないように、ということかしら。

政府が出典元、と呼ぶ、万葉集の部分、そもそも、中国の古典からきているのではないか、ということ。

また、ごまかし、まやかし、安倍政権の一例が積み重なりました。

元号は、天皇のものであって、政府のものではない、はずが、安倍首相は、新元号発表を、天皇制に名を借りた、政治ショーにしてしまいました。

元号に違和感を感じるのは、やはり、どこかの「偉い人」が、考えたことや望んでいることを、人々や社会に押し付けてくるところ、かな、と、思い至りました。

今回のように、統治機構が、その権威づけに利用し、それを私物化するなら、やはり、元号だけでなく、象徴天皇制そのものも、私たちの民主主義社会には危険なものかもしれません。

安倍首相が、ヒトラーと似ている、とまでは言いませんが。

元号は、もはや、今の私たちの社会になくてはならないもの、ではありません。やっぱり、利便性を考えて、西暦が広く使われることになりそう。