93bccc17.jpgもちろん、ヘイトスピーチは、その標的となっている、外国人の方々が、一義的には被害者であり、侵害されている人権を守っていかねばなりません。

そのために、ヘイトスピーチをしている人々を批判し、また、法律違反として、処罰する、ということは、大切なこと、と、思います。

しかし、ヘイトスピーチをしている人々を糾弾し、抑圧するだけでは、対策としては、表面的すぎ、根本的解決には繋がらない、と、私は心配します。

ヘイトスピーチは、外国人などが対象となっていて、自分たちは無関係と、私たちは傍観してしまいがち、ですが、それは危険などことなのです。

ヘイトスピーチは、最初は、対象となっているのは、外国人など、限定的なのですが、それが社会で見過ごされ、次第に容認されていくようになると、どんどんエスカレートし、また、その対象も広がっていきます。
そして、最後には、傍観していた私たち自身が、ヘイトスピーチの対象になっていき、私たちの社会が壊れていくのです。

私たちは、ヘイトスピーチに加担する人々の、動機や背景をしっかり分析して、どうして、そんなことをすることになったのか、しっかりと掘り下げていく必要がある、と、思います。

知らないだけなのか、あるいは、偏った知識に洗脳され、扇動されているのか、または、ヘイトスピーチしていら自分たち自身が被害者と思い込み、自分たちを守るために、と、勘違いしているのか。

私たちは、ヘイトスピーチに加担している人々を、助け出さねばなりません。

そうやって、私たちの社会を守り、また、私たち一人一人の暮らしを守っていかねばならない、と、思います。