images政治家というのは、その発言に責任を負わねばなりません。
もし、韓国の議長が、今の平成天皇のことを「戦争犯罪の主犯の息子」と呼んだのであれば。

私は、歴史というのは、多元的に見る必要があるものであり、そして、見る立場によって、対象の位置付けは変化するものであり、つまり、主観性が入るこむことを忘れてはいけない、と、思っています。

韓国の議長は、日韓関係の現状を見れば、今のタイミングで、その立場で、発言すべき言葉だったかどうか、私は残念に思います。

それを踏まえて、今回の発言について、考えてみたいと思います。

昭和天皇に戦争責任があったかどうか、ということについて。

ただ、天皇の名の下で、あの大戦争が行われたことは間違いない、と、思います。
それが、天皇自身の命令であったのか、天皇の「君側の奸」による命令であったのか、ということがあるとは思いますが。

戦前において、昭和天皇は、立憲君主制における君主である、ということを忘れないようにしていた、と、思います。だから、昭和天皇の本心、というのは、結果的に見ても、当時の政府内で、あまり重視されていなかった、と、思います。

昭和天皇は、アメリカやイギリスとの戦争は避けたい、と、思っていたことは間違いありません。
御前会議において、国の大方針を決めた時にも、その気持ちは吐露されています。

では、昭和天皇は、中国との戦争は、どう思っていたか。
できることなら避けたい、やるとしても、短期間に終わらせたい、という気持ちだったのではないか、と、思います。アメリカやイギリスとの戦争のように、避けたい、とまでは思っていなかったのではないか、と、私は想像しています。もちろん、勝手に戦線を拡大していく陸軍の対中強硬派の行動を好ましくないと思っていたようですが、昭和天皇は、まだ、若かった、と、私は思っています。

あの、国を滅ぼした大戦争について、それを止めることができなかったことについて、昭和天皇は、自分の若さ、未熟さ、を、ずっと、後悔し、国民たちにもお詫びしたい気持ちを持っておられたのではないか、と、想像しています。

だから、東條英機らが合祀された後、靖国神社への参拝は一度もされなかった、と、思っています。
東條英機らには、天皇の名のもと、国民や世界の人々を苦しめることになった、あの大戦争を起こした戦争責任がある、と、思っていたから、と、想像しています。

では、昭和天皇は、朝鮮半島の併合については、どう思っていたか、については、どうでしょうか。

韓国の政治家が、天皇による謝罪が必要、ということを述べるには、その理由があるのだろう、と、思いますが。