01077227.png絶対に謝らない、というのが、日本の裁判所、というイメージが私にはあります。
「誤らない」と「謝らない」が一体になっているのでしょうか。
実際には、多数の誤審が行われてきており、また、謝罪も行われてきた、ことは知っています。

最高裁判所が謝罪をすることを決めたことは、重要な判断だと思います。
ぜひ、この方針で進めていただきたい、と、おもいます。

日本国憲法
第七十六条  すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2  特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
3  すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

第八十二条  裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
2  裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。

(引用終わり)

特別裁判所の設置はできません。
今回の隔離法廷は、出張裁判のような形だったようですから、特別法廷の規定に反した、ではなく、裁判公開の原則に反した、ということでしょうか。


読売新聞から

ハンセン病の隔離法廷、最高裁が誤り認め謝罪へ

 戦後の約25年間、ハンセン病患者の裁判を隔離施設などで行った「特別法廷」について検証している最高裁が、慎重な検討を経ずに設置を許可し続けたのは誤りだったと認め、元患者らへの謝罪を検討していることがわかった。

 近く、15人の最高裁裁判官全員で構成する裁判官会議で最終決定し、検証報告書を公表する。最高裁が過去の司法手続きの運用の誤りを認めるのは極めて異例だ。
 ハンセン病を巡っては、戦前から1996年のらい予防法廃止まで隔離政策を続けた政府と、同法を廃止せず放置した国会が、2001年に謝罪した。それから15年を経て、司法も過ちを認めることになる。
 憲法は裁判の公正さを保障するため、公開の法廷で開く原則を定める。災害などで法廷が使えない場合は、裁判所法に基づき、例外的に裁判所外の特別法廷が認められるが、設置の可否は最高裁の裁判官会議などで判断する必要がある。