一般民家の土蔵内にあった資料のようですが、旧警察関係者の自宅だったのでしょうか。

いわゆる「伝達講習」のような目的で作られた資料のようですね。


毎日新聞から

特高警察:教育資料、山形で発見…専門家「貴重」

 戦前・戦中に、戦争遂行のために国民を監視した「特高警察」の教育資料とみられる「昭和十六年 特高警察講義要綱」が山形県米沢市内で見つかった。特高関連の資料の大半は終戦直後に焼却されており、専門家は「特高の教育内容を示す貴重な資料」としている。

 ◇1941年、県警が各署に配布
 米沢市の公益財団法人「農村文化研究所」が昨年、研究所の評議員から土蔵に保管していた戦時資料の寄贈を受け、阿部宇洋学芸員(30)が今年整理した際に見つけた。評議員の親類が「楯岡警察署(現山形県警村山警察署)」の特高関係者だったとみられる。
 要綱の大きさはB5判ほどで、ガリ版刷り48枚。「1941年3月22日」の日付とともに、赤字で「部外秘」と記されている。山形県警の特高課主任が東京であった講習会の内容を基に要綱をまとめ、各署に配布したとみられる。
 「皇国警察の使命」「左翼・宗教」「労働農民経済」「出版警察」「新聞検閲」「フィルム検閲」「産業報国運動」など14項目に分かれている。冒頭で、天皇への絶対的忠誠などの「三綱領」を掲げ、「国体観念の発揚と実践」が使命とした。
 労働運動については「産業報国会以外は認めない」とし、未然防止、関係機関の緊密な連絡の重要性を強調。農業運動についても「左翼的、階級対立的なものは認めない」とし、農民組合の解散を目指すとした。「国策宣伝上支障が生じる」などを理由に、1年間で映画など48本を上映禁止にしたことも記されていた。
 特高資料を調査してきた小樽商科大(北海道小樽市)の荻野富士夫教授によると、特高警察の講習資料は珍しいという。荻野教授は「一般警察官を教育するための内容が含まれ、1930年代半ばから全警察官の特高化がスローガンとして叫ばれていたことを裏付けている」と話している。

 ◇特高警察◇
 1910年、天皇暗殺を企てたとして、幸徳秋水ら12人が死刑となった大逆事件の翌年、警視庁が高等課から特別高等課を分離して「特高警察」を設置。1922年以降、全国的に特高課が設置され、社会主義運動や労働運動、農民運動の活動家をはじめ、宗教家や外国人にまで監視の網を広げた。終戦後の1945年10月に廃止された。