日本の刑事裁判は、有罪率が諸外国と比較して異様に高いことが指摘されています。

硬直的な検察庁の対応(非常に官僚的)
裁判官が検察官から独立していない(裁判官の人事や統制にも問題がある)

ということが問題と私は思っています。

すでに、日本の国民の多くが、いろいろな小説、映画、テレビを通じて、検察官が自らの利益、組織防衛の為に、真実を隠蔽し、嘘をつくことが当然であると認識しているのではないか、と思います。そういう作品が、リアリティがあるとして支持され、人気を博していることからもわかると思うのです。

それが、正しい認識と私は思います。

有罪を引き出す為には、ウソもいとわない、検察官の姿。

そういうことであるなら、裁判官は、検察官からしっかりと独立していなければなりません。
しかし。

検察官の意向にそわない判決や決定を下した裁判官には人事や待遇面で不利益があり、検察官の要求に屈した裁判官の方が栄転していく、そういう統制が、最高裁判所を中心に行なわれているのではないか、と感じています。

本来、民主主義の国では、裁判官は、検察官から独立し、その抵抗や圧力に抗した裁判官を厚遇することが当然であり、そのような圧力に屈した裁判官こそ、裁判所から排除すべきだと思います。
国民を逮捕し、取り調べ、家宅捜索を行い、社会的信頼を損なわせ、そして、懲役刑などの拘禁を行なうという、基本的人権の制限をする公権力の行使を行なうことが許されている検察官の側に裁判官がいるようでは、到底、民主主義の国とは言えないと思います。

再審決定を出した、この裁判官、結果として、社会の検察批判を招くことになり、不利益を被ることがあるのではないか、と、心配してしまいます。
でも、検察が批判されるのは、この裁判官が再審決定を下したからではない、と、私は思います。


朝日新聞から

強姦事件の再審決定 診療記録、証言と矛盾 大阪地裁

 強姦されたという女性の訴えとは矛盾する診療記録があったのに、女性の証言をもとに起訴された男性の裁判で審理対象になっていなかったことがわかった。無罪を主張した男性の実刑判決が確定し、服役中に診療記録の存在が判明。大阪地検が昨年11月に刑の執行を停止する異例の措置につながった。大阪地裁(登石〈といし〉郁朗裁判長)は27日、「無罪を言い渡すべき新証拠がある」とし、再審開始の決定を出した。

 関係者によると、男性は大阪市内で2004年と08年に同じ女性を襲い、同年にもこの女性の胸をつかむなどしたとして強姦と強制わいせつの罪で逮捕、起訴された。男性は「やっていない」と主張したが、09年の大阪地裁判決は懲役12年の実刑を言い渡した。大阪高裁が控訴を棄却し、11年には最高裁が上告を退けて確定した。
 その後、控訴審で弁護を担当した弁護人が女性や事件の目撃者とされた家族から聞き取り調査。2人が確定判決の根拠となった被害証言を「うそだった」と翻したため、昨年9月に再審を請求した。地検も2人が虚偽の証言をしていたことに加え、「男性が事件に関与していないと示す『客観的証拠』も確認した」として、昨年11月18日に男性の刑の執行を止めて釈放したと発表した。男性の服役は約3年6カ月に及んだ。
 この「客観的証拠」について、地検は「関係者のプライバシー」を理由に明らかにしていなかった。これに対し、朝日新聞が取材を進めたところ、性的被害を訴えた女性を当時診察した医師の診療記録だったことが判明。記録には「女性の体内には性的被害の痕跡はない」という趣旨の見解が書かれていた。
 捜査段階で女性の母親が「娘を医療機関に連れて行った」と説明していたことを踏まえ、弁護人は控訴審で「診療の記録があるはずで、検察側は公判に出すべきだ」と求めた。しかし、検察側は「ない」と回答。女性らを改めて証人として法廷に呼び、尋問するよう求めた弁護人の請求を高裁も却下していた。