balanceゴビンダマイナリさんの無罪が確定して、日本人として、ホッと胸をなでおろしています。

裁判所や検察庁などの司法制度は、私達、日本国民の預託により、その権力が施行されています。
つまり、私には、他人事ではありません。

ゴビンダマイナリさん、本当に、ごめんなさい。

この事件は、特異な経過をたどっています。
警察や検察の捜査がずさんだったのは、当然で、それも問題ですが、私が、もっと、危惧しているのは、私達の国の司法制度、裁判所や裁判官に、大きな問題が内在しているのではないか、それが、今回の事件で露わになったのではないか、と、感じるからです。

すでに、素晴らしい勲章の授与をされたような、有力な司法関係者の中に、今回の特異な経緯に責任がある人がいるんではないか。もう、故人なのかもしれませんが。

第一審の東京地裁判決までは、我が国の司法制度は、あやまった対応ではなかったと思いますが、その無罪判決以降、経緯が不自然になります。

ゴビンダマイナリさんは、第一審では無罪なのに、釈放されなかった。その裁判所の判断に検察の強い意向があったのではないか。
そもそも、裁判所は、何から独立していなければならないのか。現在は、検察と不自然な相互関係があるのではないのか?

また、無罪判決を出した、第一審の裁判官は、そのあとの経歴が不自然になります。まるで、なにかのみせしめのように。もう一人、被害者がいるかのよう。(迫害されていたユダヤ人を助けるため、ビザを発行した、あの杉原千畝さんは、外務省の命に反した、とのことで、当時、日本に帰国後、賞賛されるどころか、外務省を追われています)
自らの良心に基づき判断するという、裁判官の本来の役割を歪めるような、裁判官の支配体制、ピラミッド体制が、いつのまにか、構築されているのではないか。

心配しています。

しっかりと、誠実に、信頼回復のために、反省をしてもらいたい、と、思います。
主権者として、今後の経過をしっかりと注目していきたいと思います。