knode2あの山崎豊子さんが亡くなったそうです。88歳。
高校生の頃から、山崎さんの作品からは、いろいろなことを学ばせていただきました。

最近は読まなくなりましたが。
それは、自分が成長したから、世の中のルールをそれなりに学んだから、と、自分では思っています。

そして、山崎豊子さんがとりあげるべき題材、まだまだ、たくさん、この社会にはある、と思っています。
でも、山崎豊子さんのように、社会の不合理に敢然と立ち向かう人が、そういうことに我が身を顧みずに立ち向かう勇気を持つ人が、どんどん、少なくなっているような、そんな危機感を感じます。

田宮二郎さん主演のテレビドラマシリーズ「白い巨塔」はDVDのセットを買ってもっています。でも、これも、1枚目しか観てないなあ。今晩、観ようかな。

ご冥福をお祈りしています。


毎日新聞より

訃報:山崎豊子さん88歳 「白い巨塔」「大地の子」

 社会性のあるテーマに切り込んだスケールの大きな作風でベストセラーを生み続けた作家、山崎豊子(やまさき・とよこ、本名・杉本豊子=すぎもと・とよこ)さんが29日、心不全で死去した。88歳。葬儀は近親者のみで行う。自宅は堺市

 大阪・船場の商家に生まれた。1944年、京都女子専門学校(現京都女子大)国文科を卒業して毎日新聞に入社。大阪本社調査部を経て1945年、同学芸部に移り、副部長(デスク)だった故・井上靖さんから新聞記者の手ほどきや作家としての資質を見いだされた。
 新聞社勤務の傍ら、生家をモデルに10年を費やしたデビュー作「暖簾(のれん)」を1957年に刊行。翌年、大阪女のたくましさを描いた「花のれん」で第39回直木賞を受賞したのを機に、毎日新聞を退社し、作家に専念した。
 パリを舞台にした「女の勲章」(1961年)の取材中に元同僚と結婚。旧家の遺産相続を扱った「女系家族」(1963年)、大学付属病院を舞台に医学界の暗部にメスを入れた「白い巨塔」(1965年)をはじめ、閨閥政治と資本の癒着を追及した「華麗なる一族」(1973年)など、実地調査と取材に基づいて社会問題に切り込む長編小説を相次いで発表した。
 その後も、シベリア抑留を扱った「不毛地帯」(1976~78年)、日系2世の兄弟の悲劇を描いた「二つの祖国」(1983年)、中国残留孤児の数奇な運命をたどった「大地の子」(1991年)の戦争3部作で社会派作家としての評価と人気を不動のものにした。
 1993年、「大地の子」などの印税を基に「山崎豊子文化財団」を設立し、日本に帰国した中国残留孤児の子供の学資を援助した。
 日航ジャンボ機墜落事故を素材にして200万部を超えるベストセラーになった「沈まぬ太陽」(1999年)の後、「山崎豊子全集」(全23巻)を2005年に完結させた。
 2009年には、外務省の機密漏洩事件を基にした「運命の人」を刊行し、同作品で同年の毎日出版文化賞特別賞を受賞した。作品の多くが映画、ドラマ化され社会的な反響を呼んだ。